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フーファイター(foo fighter)

フーファイター(foo fighter)とは、第二次大戦中に連合国のパイロットたちが使っていた言葉で、ヨーロッパや太平洋の上空で目撃されたさまざまなUFOや不思議な飛行物体を意味する。
フーファイターについて初めて報告し、フーファイターという言葉の生みの親になったのは、アメリカ第415夜間戦闘機部隊である。この時代のUFO現象は、フーファイターとよく呼ばれた。
正式に報告されたのは1944年11月以降であり、目撃者は、フーファイターは敵の秘密兵器であると想像することが多かった。しかし、戦後になっても正体は謎のままであり、連合国だけでなく枢軸国側からも謎の現象として報告されていた。マイケル・D・ソードは次のように書いている。
第二次大戦中、連合国のパイロットは、フーファイターについて非常に真剣に考えていた。こうした目撃の事例について、高名な科学者たち(David Griggs、Luis Alvarez、H.P. Robertsonなど)が意見を求められたが、説明することはできなかった。フーファイターに関する情報のほとんどを、軍当局は開示していない。

「foo」の語源
「foo」という特に意味のない言葉は、1930年代初期にポップカルチャーの世界で使われるようになった。最初に使ったのは漫画家のBill Holmanで、Holmanは自身の漫画(Smokey Stoverのような消防士漫画など)で「foo」という言葉をあしらった看板やフライパンを登場させた。Holmanは、「foo」という言葉が中国の人形の土台に使われていたので使ってみたという。「foo」は第二次大戦ころの軍隊文化の一部をなしており、FUBAR(fucked up beyond all [any] recognition)という「しっちゃかめっちゃか、混乱状態」を意味する俗語の基になったと考えられている。1944年までに、「フーファイター(foo fighter)」は、偽物のレーダー反応や怪しいレーダー反応を意味する言葉としてレーダー監視員によって使われていた。


「フーファイター」という言葉を最初に使ったのは、第415夜間戦闘機部隊のレーダー 監視員であったドナルド・J・メイヤーズであると、第415部隊のほとんどの隊員は認めている。ドナルドは、Bill Holmanの漫画で使われていた「foo」という言葉を借用して、「フーファイター」という言葉を作った。ドナルドは、シカゴの出身で、当時『シカゴ・ トリビューン』に毎日掲載されていたBill Holmanのマンガの熱心な読者だった。漫画『Smokey Stover』のキャッチフレーズは、「fooのあるところ火あり」というもので、これはフランス語で火を意味する「le feu」に由来しているのかもしれない。1944年11月27日の任務報告ミーティングで、第415部隊のS-2情報部員であったFritz Ringwaldは、ドナルドとEd Schleuterが赤い火の玉に追いかけられたようだと報告した。火の玉は速度をさまざまに変化させつつ、高速で飛行していたという。Fritzによる と、その時ドナルドは非常に興奮していて、ズボンの後ろポケットに漫画の小冊子を差していた。ドナルドはその小冊子を抜き取って、Fritzの机をバタン と叩き、「フーファイターがまた出やがった!」と言って、ミーティング室から飛び出ていった。しかし、2011年6月3日に放送されたドキュメンタリーで は、RAF(イギリス空軍)の文書保管庫で見つかったパイロット報告書に、ドイツへの爆撃作戦中に、似たような赤い火の玉が目撃されたというUFO事件 の記録があり、この記録は1942年のもので、1944年にはレーダー監視員たちによって「フーファイター」という言葉がすでに使われていたことを考える と、この言葉を最初に使ったのがドナルドだとは断言できないかもしれない。
Fritz Ringwaldによると、他にいい名前がなかったので、フーファイターという言葉が定着したとのことである。また、最初に第415部隊の隊員たちが UFO現象に対して使っていたのは、「糞フーファイター(Fuckin' Foo Fighters)」という言葉だった。1944年の12月に、パリのAP通信の記者のボブ・ウィルソンが、この怪現象について取材するために、フランス のDijonのはずれにある第415部隊の基地を訪れた。この時に「糞フーファイター」という言葉は「フーファイター」に短縮された。部隊長の Harold Augsperger大尉は、部隊記録でも短縮された「フーファイター」という言葉を使うことに決めた。


歴史
フーファイターが最初に目撃されたのは1944年12月だった。夜間にドイツ上空を飛んでいたパイロットたちが、輝く丸い物体が自分たちの飛行機を高速で追跡してくると報告した。物体の描写は様々で、炎のようだったとか、赤く輝いていた、あるいは白、オレンジに輝いていたと報告された。一部のパイロットはクリスマスツリーにつける灯りに似ていたと言っており、急角度で曲がったりしながら忽然と消えてしまうまで、飛行機とじゃれて遊んでいるように見えたと報告した。パイロットや飛行士たちの報告によると、物体は飛行機に対して一定の位置で飛んでおり、知的な意志によって制御されているような動きをしていたが、敵対的な行動は決してとらなかったという。しかし、連合軍の航空機が物体の裏をかいたり、撃ち落とすことはできなかった。この光は広い地域で目撃されたため、名前を付けられた。ヨーロッパ戦域では、「ドイツの火の玉(kraut fireball)」と呼ばれることも多かったが、ほとんどの地域で「フーファイター」と呼ばれていた。軍当局は、奇妙な光はドイツ軍の秘密兵器ではないかと考え、目撃情報をまじめに検討していた。しかし、調査を進めた結果、ドイツや日本のパイロットも同じ目撃情報を報告していることが分かった。
1945年1月15日付の『Time』には、「フーファイター」というタイトルの記事が載っている。記事では、米空軍の夜間航空隊が1カ月以上の間、「火の玉」に付け回されており、パイロットたちはこの火の玉を「フーファイター」と呼んでいると書かれている。『Time』によると、この現象についてパイロットたちはさまざまに描写・説明しているが、高速で飛行機を付け回すという点では一致している。当時の科学者の中には、おそらく対空砲火の光の残像によってつくりだされた幻だろうと考えるものもおり、また、「セントエルモの火」ではないかと考えるものもいた。
太平洋戦域で報告された「火の玉」現象は、ヨーロッパで報告されたフーファイターとは少し違っていた。「火の玉」は、大きな燃える球体のようであり、飛行機のあとをつけてくることも時々あったが、基本的には単に空に浮かんでいるだけだった。ある時には、B-29の射手が「火の玉」を銃撃し、いくつかの大きな破片に分裂させた。破片は下の建物の上に落ち、火災となった。ヨーロッパのフーファイターと同様に、「火の玉」によって航空機が攻撃されたことはなかった。

(2013・1・30修正)
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