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怪奇観測所 Center for Gothic Phenomena

海外の怪奇な話、都市伝説、オカルト話を翻訳してみる。(This website includes English translations of Japanese urban legends, scary tales and strange stories.)

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1561年のドッグファイト

156144日の早朝、ドイツのニュルンベルグ上空で不可解な現象が目撃されたという記録がある。これは、空中の不可解な現象に関する記録のなかでも最も古いものに属する。ニュルンベルク上空で、球体や槍、円柱、十字架、板状などの様々な形の物体が戦闘を行った、というのが記録の内容である。空は、戦闘を行う機械のような物体で、1時間以上にわたって埋め尽くされていたようである。どちらが優勢なのかも分かったらしい。楕円形のUFOが、円柱状の母船からたくさん現れた。戦闘が終わるころには、見る者を圧倒する、槍状の巨大な黒い船が現れたらしい。この戦闘を描いた版画がHans Glaserという人物によって彫られている。また、製作者不詳の、同じ事件を描いた別の版画も残っている。
版画では、2人の人物が事件を目撃している様子が描かれている。奇妙な形をした色とりどりの、何百もの物体が空を埋め尽くした。版画ではまた、二つの物体が地上に墜落した様子も描かれている。



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フーファイター(その2)

戦後のロバートソン委員会では、フーファイターの報告記録について言及し、その振る舞いや動きは攻撃的ではないようであり、セントエルモの火のような静電気現象、電磁的現象あるいは単に氷の結晶の光が反射したものではないかと述べている。委員会報告書には、1943年~1945年に「空飛ぶ円盤」という言葉が一般に流布していたなら、こうした物体は「空飛ぶ円盤」と呼ばれていただろうと書かれている。
1941年9月のインド洋で目撃された物は、後に報告されるフーファイターに似ている。
フーファイターについては世界中で何度も報告されている。以下にいくつか例を挙げよう。S.S. Pułaski号(イギリス軍部隊を輸送していたポーランドの商船)の甲板で、二人の水夫が「月の半分くらいの大きさの、緑色の光を放つ奇妙な球体が現れた」と報告した。彼らは英軍将校に報告し、この将校も彼らと一緒に1時間以上この物体を見ていた。
イギリス空軍のCharles R. Bastienは、ベルギー・オランダ上空でのフーファイターとの遭遇について報告している。この遭遇は、最初期のものの一つである。彼は、「霧のような光が二つあり、高速で飛び、時に急激に方向を変えた」と述べている。任務報告時に彼がこれについて報告すると、情報部員はイギリス空軍の2機の夜間戦闘機が同じものについて報告していると述べ、この事件はのちにイギリスの新聞でも取り上げられた。
米空軍のパイロットだったDuane Adamsは、まぶしい光が30分にわたって飛行機を追跡してきて、突然、急上昇したかと思うと空に消えたと述べた。彼はこの体験について何度も語っている。彼はこうした光に二度遭遇しており、どちらも夜の南太平洋での出来事であった。目撃したのは彼だけでなく、飛行機の乗員は皆、目撃している。一度目の遭遇は、第2次大戦のすぐ後に起こり、AdamsはB-25爆撃機を操縦していた。2度目は1960年代の初期で、AdamsはKC-135空中給油機を操縦していた。

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フーファイター(foo fighter)

フーファイター(foo fighter)とは、第二次大戦中に連合国のパイロットたちが使っていた言葉で、ヨーロッパや太平洋の上空で目撃されたさまざまなUFOや不思議な飛行物体を意味する。
フーファイターについて初めて報告し、フーファイターという言葉の生みの親になったのは、アメリカ第415夜間戦闘機部隊である。この時代のUFO現象は、フーファイターとよく呼ばれた。
正式に報告されたのは1944年11月以降であり、目撃者は、フーファイターは敵の秘密兵器であると想像することが多かった。しかし、戦後になっても正体は謎のままであり、連合国だけでなく枢軸国側からも謎の現象として報告されていた。マイケル・D・ソードは次のように書いている。
第二次大戦中、連合国のパイロットは、フーファイターについて非常に真剣に考えていた。こうした目撃の事例について、高名な科学者たち(David Griggs、Luis Alvarez、H.P. Robertsonなど)が意見を求められたが、説明することはできなかった。フーファイターに関する情報のほとんどを、軍当局は開示していない。

「foo」の語源
「foo」という特に意味のない言葉は、1930年代初期にポップカルチャーの世界で使われるようになった。最初に使ったのは漫画家のBill Holmanで、Holmanは自身の漫画(Smokey Stoverのような消防士漫画など)で「foo」という言葉をあしらった看板やフライパンを登場させた。Holmanは、「foo」という言葉が中国の人形の土台に使われていたので使ってみたという。「foo」は第二次大戦ころの軍隊文化の一部をなしており、FUBAR(fucked up beyond all [any] recognition)という「しっちゃかめっちゃか、混乱状態」を意味する俗語の基になったと考えられている。1944年までに、「フーファイター(foo fighter)」は、偽物のレーダー反応や怪しいレーダー反応を意味する言葉としてレーダー監視員によって使われていた。

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コーラの中に

When listening to an internet radio program aired by Japanese occult freak people (Itako No 28, Yuni, Drunk Cat, and Xen) , I heard this: Fluid (obscene water, maybe sperm) of space aliens was included in Pe**i cola decades ago. Currently the fluid is added to canned coffee distributed by a major Japanese beverage company.

フィーニックスの光(1997年3月13日、米国アリゾナ州)

「フィーニックスの光」は、1997年3月13日に広い地域にわたって目撃された複数の光(一般的には未確認飛行物体とされる)であり、米国のアリゾナ州、ネヴァダ州およびメキシコのソノラ州の上空で観察された。同様の光は2007年2月6日にも現れ、FoxニュースTVによって撮影された。
似たような事件は2008年4月21日にも起こった。しかし、この事件は何者かがいたずらで、発光源を付けたヘリウムガス気球を飛ばしたのだと後に分かった。

光は19:30から22:30の間に、ネヴァダ州境からトゥーソンの端までの約300マイルに及ぶ広い範囲で、数千の人々によって目撃され、様々な描写で証言されている。「フィーニックスの光」事件には二つの異なる事象が含まれている。ひとつは、アリゾナ州の上空を通り過ぎるのを目撃された三角形の編隊を組んだ光、もうひとつはフィーニックス地域で目撃された静止した複数の光である。米国空軍は二つ目の複数の光はA-10攻撃機によって投下されたフレアであると発表した。この攻撃機はアリゾナ州南西部のBarry Goldwater Rangeで訓練を行っていた。目撃者たちは、「大工が使う差し金の形をした非常に大きなUFOを見た。UFOには発光源あるいは光を発するエンジンがあった」と主張した。当時の州知事のファイフ・サイミントンは目撃者の一人である。

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