海外の怪奇な話、都市伝説、オカルト話を翻訳してみる。(This website includes English translations of Japanese urban legends, scary tales and strange stories.)
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スレンダーマン(痩せ男、Slender Man)は何世紀にもわたって広範囲に存在したとされる異形の者である。スレンダーマンの存在を信じる者は、様々な地域で伝えられている多数の伝説(スコットランドのFear Dubhまたは「黒男」、オランダのTakkenmannまたは「枝男」、ドイツの伝説に登場するDer Grosse Mannまたは「ノッポの男」)に、スレンダーマンを結びつけている。
外見
スレンダーマンの調査で問題となるのは、彼の外見が人々の主観に基づくものであるらしく、報告内容が場所によって大きく異なるということである。これは文化的な偏向の結果である場合も多いが、目撃者は自分の恐怖心を目撃した対象に投影し、後になって思い出してもぼんやりした記憶しかないということもある。しかし、スレンダーマンを描いた多数の写実的な図画は、その姿が幾分変化しやすい性質を持っているという考えを反映しているようである。しかし、一般には、がりがりに痩せていて、背丈が7~9フィートもある青ざめた顔の男であると考えられている。スレンダーマンはよく黒い色のスーツを着ていると描写されるが、これは最近になって付け加えられた特徴のようである。
付属器官
多くの目撃談によると、スレンダーマンには付属の腕や脚があり、これが彼の外見をよりいっそう奇妙なものにしている。目撃者たちは、こうした腕や脚を「蛇のような腕」「見た目はロープみたい」あるいはよりいっそう的確に「動く木の枝」などと表現している。こうした器官はある一定の状況でのみ観察でき、移動手段として、あるいは武器として使用されるようだ。
歴史にあらわれたスレンダーマン
ブラジルの洞窟絵画
スレンダーマンは、長年にわたって様々な形で描かれている。スレンダーマンを描いたといわれる最も早期の絵画は、ブラジル北東に位置するSerra da Capivara国立公園の洞窟の中でみられる。この絵画は紀元前9000年に描かれたと信じられている。この絵画では、奇妙に細長い人物が子供の手を引く様子が描かれているが、スレンダーマンの特徴としてしばしば描かれる付属の腕や脚は見られない。
エジプトのヒエログリフ(神聖文字)
紀 元前3100年ごろの下エジプトでも、スレンダーマンについて語られており、これはブラジルに次ぐ二番目に古い記録である可能性がある。スレンダーマン は、Wazner王(ファラオ)の時代に、「神々の盗賊」または「Kukの盗賊」として広く知られていた。この盗賊を描写したヒエログリフの刻印は、 Wazner王の墓で発見されており、Wazner王はこの盗賊に遭遇したと噂されている。刻印の文字は多数の手をもつ奇妙な生物について述べており、こ のような生物がヒエログリフで語られている例はほかには見られない。
ドイツの木版画
16 世紀半ばの有名なドイツの版画職人であるHans Freckenbergは、彼が「Der Ritter(騎士)」と呼んだキャラクターの版画を少なくとも二つ作った。この版画は、1883年にHalstberg城で見つかっている。 Freckenbergは人体の写実的描写で知られているが(当時の木版画としては異例なことだが)、発見された版画では多数の手足をもつやせ細った生物 が描かれていた。歴史家たちはこのキャラクターが何を表しているのか不明としているが、一部の歴史家は当時のヨーロッパで起こった宗教戦争を擬人化したも のだと主張している。別の歴史家は、このキャラクターは、1543年にHalstberg城とその近隣の村を放棄する原因となったと信じられている謎の伝 染病を表していると考えている。
しかし、Freckenbergが描いたのは「Der Großmann(ノッポの男)」であると、たくさんの人々が主張している。伝説によれば、彼は黒の森(シュヴァルツバルト)に住んでいた妖精である。夜 中に黒の森に忍び込んだ悪ガキ達が、スレンダーマンに追いかけられると、子供たちは捕まるまで追いかけまわされるか、運良く逃げおおせた子供は両親に自分 が何をしたかを告白するかのどちらかだった。1702年ごろの古い記録には、次のような恐ろしい話が残されている。
「私の子ラルスはいな くなってしまった。ベッドから連れ去られてしまった。私たちが見つけたのは黒い服の切れ端だけだった。この切れ端は綿のような手触りがしたが、綿よりも もっと柔らかく、厚ぼったかった。ラルスは昨夜私の寝室に来て、『天使が外にいるんだ!』と大声で叫んだ。何を言っているのと聞いたら、ラルスはノッポの 男のバカバカしいおとぎ話について語った。彼は村の近くの林に行ったとき、うちの牛の一頭が死んでいるのを見つけたという。牛は木からぶら下がって死んで いた。最初はラルスの話を気にもかけなかったが、しかし今、ラルスはいなくなってしまった。彼を見つけなければ。。私たち一家は殺される前に逃げ出さなく ては。。ああ、ラルス…、お前の話をもっと真剣に聞くべきだった。神よお許しください。」
ルーマニアの神話
「ノッポの男」の伝説に関する、ルーマニアのおとぎ話がある。多くの人々がこれはスレンダーマンについての話だと考えている。
「全身黒ずくめの背の高い男が、空き地に立っていた。影が彼の身体を覆い、真夜中の闇のように暗かった。男にはたくさんの長くやせ細った蛇のような腕があり、それらは剣のようにとがっていた。釘を打たれた虫のようにくねっている。」
おとぎ話の中では、ノッポの男は母親に夫と子供を殺させた後、暖炉から現れ、この母親を自身の炎の腕できつく抱きしめた。母親は息絶えた。
20世紀におけるいくつかの描写
20 世紀になると、スレンダーマンの目撃証言の数は著しく増えた。これは、基本的に、メディアが発達・普及したことと世界中からニュースが伝えられるように なったことが原因だろう。しかし、インターネットの掲示板に投稿された出所不明の通信文(傍受された通信文とのことである)によって、二つの仮説がたてら れた。
「監視本部より、北アメリカ支部の現地職員XXへ。件名:増加するS.Man目撃報告。日付:2009年6月16日12時43分。 日本支部の職員YYからある話を聞いた。その話を聞いてからここ数日俺の頭は混乱している。彼女は次のように語った。『これは繁殖していない。しかし他の は目覚めつつある。長く冬眠しているこれらのものは、どのくらいで、またどのように自分たちが目覚め、食べ始めるかを知っている。』これがヨーロッパの暗 黒時代以前にまでさかのぼる存在だという話にはある説得力がある。賞金600万ドルのなぞなぞだ。YYの考えが正しいとすると、奴らはどのくらいいるのだ ろうか?」
1953年のヘンダーソン馬牧場事件
ヘ ンダーソン馬牧場は、ノースカロライナ州ポーク郡のTryon郊外に位置し、1800年代の半ば以来ヘンダーソン家に所有されていた。1953年には、牧 場はテッド・ウィルコックス・ヘンダーソン(41歳)によって所有・運営されていたが、彼には妻(ジュディ・ヘンダーソン、36歳)と娘(トレーシー・ヘ ンダーソン、6歳)がいた。6月15日の朝、近所の人たちが悲鳴と銃声を聞いたため、警察を呼んだ。
クリント・デンターマン保安官と二人の助手 (ダン・パークスとクリス・ファインズ)が午前8時34分に牧場に到着した。馬小屋の馬たちは、「野生動物に襲われたかのように」体を引き裂かれ、バラバ ラにされていた。報告書によると、家の中は、居間、台所、廊下すべてが血まみれになっていた。
テッド・ヘンダーソンは寝室で見つかった。彼はバリケードにした家具の後ろにおり、彼の横には、妻の遺体があった。妻は胸をショットガンで撃たれて死んでいた。テッドの手にはまだ銃があった。ダン・パークスは次のように報告している。
「テッドの目は怯えきっていて、どこか遠くを見つめていた。彼はわれわれが部屋に入っても気づかないようだった。何が起こったのか、娘はどこにいるのかと聞いても、彼は返事をしなかった。」
テッ ドは妻の殺害で起訴された。しかし、彼は強硬症の状態にあったため、ポーク郡Sandy Plainsのジェンキンス精神病院へと搬送された。テッドは3年間ずっと強硬症の状態にあった。殺人事件から3年目に、Dauton医師が、テッドが話 し始めたと保安官に連絡してきた。
1956年6月15日にDauton医師によって行われた面談の記録には、「痩せたやつ……スーツ……俺を見て いた……」とある。この「痩せたやつ」は「ジュディ・ヘンダーソンと娘のトレーシーを連れていこうとした。テッドの弁では、ジュディは自分を撃つようにと テッドに懇願し、テッドはそうすることで彼女を救えたと思っている。しかし、痩せた男が娘を連れ去るのを防ぐことができなかったのを嘆いた後、テッドは鉄 のテーブルに自分の頭を何度も打ちつけた。看護師たちが彼を止め、鎮静剤を打つまでやめなかった。7時間ほど後の6月16日午前3時に、テッドが部屋で死 んでいるのが見つかった。どうやら拘束具を解いて、手首の動脈をかみ切り、出血多量で死亡したようだった。トレーシー・ヘンダーソンは行方不明のままだっ た。しかし、ヘンダーソン馬牧場事件の約1週間前にとられた写真には、馬小屋の前に立つスーツを着た男らしきものが写っており、これはスレンダーマンだと 主張する人たちもいる。
Updated on Oct 16, 2011
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